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デジタル田園都市発幸福行き
二人のキーパーソンに聞く、地域がより豊かになるスマートシティとは
スマートシティとは、IoTやAI、クラウド技術といった先端テクノロジーをまちづくりに活用し、地域や社会の課題を解決することを目指す取り組み。政府もデジタル田園都市構想を掲げ、自治体の取り組みを支援する。
一方、中・小規模の自治体においては、財源や人材の問題で実装に対して課題を抱えている。持続可能なスマートシティの実現に向けて、都市OS「JP-LINK」を開発・運用するOZ1と社会課題対応型ビジネスに実績のある電通国際情報サ―ビス(ISID)が業務提携契約を締結。
両者の知見を合わせることにより解決できる課題や、その先の未来について、キーパーソンの2人に語ってもらった。
OZ1|江川将偉氏(写真右)
2019年、OZ1を設立し代表取締役に就任。一般社団法人コンパクトスマートシティプラットフォーム協議会代表理事。デジタル市場においてセキュリティ、データ連携、AIなど多岐にわたりテクノロジー市場を牽引。
ISID|森田浩史氏(写真左)
電通国際情報サービスXイノベーション本部 スマートソサエティセンター サステナビリティソリューション部 部長。2021年までオープンイノベーションラボ(イノラボ)所長として、AI・IoT・ロボット・メタバース・ブロックチェーンなどのテクノロジーにデザイン思考を組み合わせ、10年間で400を超える地域DXの取り組みを推進。現在は地域課題を解決するためのスマートシティの取り組みを統括する。
デジタル田園都市国家構想とは
―スマートシティとは何であり、デジタル田園都市国家構想とはどういう未来を目指す施策なのでしょうか。
江川
これは私の理解の上での話になるのですが、10年ほど前に「スマートシティ」という言葉が現れ、その時はテクノロジーを使って街の効率を良くしようということでした。それを町の中に取り込もうという動きが世界の様々な場所で始まっていきました。
その流れを受けて日本でも始まったのが、代表的な場所で言うと会津若松や高松です。スマートシティ化を進めていく上で、規制緩和を含め、住民の課題を解決するためにどういうことをしなくてはならないかということが分かってきた。そこで規制緩和を主とした課題解決のためにテクノロジーを使っていこうというのが「スーパーシティ」ですね。
「スーパーシティ」構想では、誰のために規制緩和をするのかというと、そもそも住民の幸せのためだよね、となる。住民という視点が入ってくることで、この方向性はもっと地方創生に役立つのではないか、という概念が生まれ、それを「デジタル田園都市」という言い方にしようというのが大きな流れだと思うのです。
つまり、人が中心になって幸せな生活を送るためにデジタルで支援する、という活動がデジタル田園都市と位置づけられていると考えています。
森田
これまでの「スマートシティ」はどちらかというと、インフラ 型でした。例えばセンサーを町に設置し、センサー情報をオープンデータとして皆に共有するというように。
一方で、その結果、住民に何か影響を与えることができたかというと、正直クエスチョンがつきます。街のオープンデータを見せるためにコストをかけ続ける必要があるのか、という疑問が出る中で、それでも街のDXは進めなければならない。そんな矛盾をはらんだまま、スマートシティは進んできました。
一方、コロナ禍になってからは、例えばワクチン接種の案内なんかもそうなのですが、地域の方々に対してデジタルを活用して適切に情報を届けることが求められるようになりました。個人情報だから扱いづらい、と、これまで逃げていたようなことも、一歩踏み込んでやることで住民がより便利になるということに気づいてきたのです。
政府もそういった流れを見ながら、デジタル田園都市国家構想という看板を掲げて、 より踏み込んだスマートシティの取り組みを進めていこうとしています。
ただ、スマートシティを進めるといっても、デジタル化は手段でしかありませんので「何をやりたいのか?」「どうありたいのか?」を改めて問われます。目新しいサービスやソリューションを当てはめるのではなく、自治体と住民が一緒に考えながら地域をリデザインしていくプロジェクトがスマートシティだと捉えています。
―他に何か課題として浮かび上がってきたことはありましたか。
江川
やはり行政の方々の意識ですね。これまでずっと続けてきたオペレーション運用があるので、そこにいきなりデジタルと言って新しいやり方が入ってくると、忙しい中にもう1つ作業が増えるようにしか見えなかったと思うのです。
ですから、行政の方々もデジタルを使うことによってどれだけ仕事が楽になるのか、ということが見えないと、テクノロジーの押しつけで仕事が増えるように思えてしまうところは大きな課題だと思いますね。
森田
デジタルに取り組むのにはどうしても手間とコストがかかるので、抵抗勢力が生まれますし、デジタルから取り残される人をどうするのだという議論にもなりやすいです。地方には多くのステークホルダーや、様々な年齢層の方々がいらっしゃいます。自治体の方が進みたくとも現場の意思では先に進めないということが起きがちなところが、課題だと感じます。
―そういった課題はどうやって突破していくのが良いのでしょうか。
江川
デジタルを使うことによって、住民や行政の方々に、あ、楽になるじゃないか、自分の生活が豊かになるじゃないかと実際に気づいていただくことですね。そういった価値観を感じてもらうために、私達がスマートシティの実装に取り組んでいるのが大阪府豊能町です。こういう風にすれば私もこういう風にもっと便利になるという意識が生まれるための、見本となるモデルをここで作っていきたいと考えています。
大阪府豊能町で成功モデルを作る
―今、お話に出た大阪府豊能町で、現在スマートシティ化を進めていらっしゃるのですね。
江川
はい。2022年度からデジタル田園都市としてのスマートシティの実装を進めています。日本の自治体は1718あります。豊能町は、大阪府内でもそれほど財務力が高いわけではありません。
そして、日本の他の地域と同じく人口減少が激しい。住民は27年前のピーク時で2万7000人くらいで、今は約1万8000人です。そして高齢化が進んでいます。65歳以上の住民が今、49パーセントに達しており、 町の2人に1人が高齢者という状況です。
大企業は、採算が取れるという意味で、10万人以上の自治体でなければ手をかけるのが難しいのです。すると、このスマートシティやデジタル田園都市構想って、10万人以上の自治体じゃないと救われないということになってしまいますよね。
ただ、過疎化した地域は必ず人口が10万人以下なんです。ですから僕達のようにちょっとコンパクトにプロジェクトを始めようと思うと、豊能町のように自治体の職員さんとも顔が見えて意思疎通がしやすく、住民への説明がしやすい場所はすごく向いていると思います。
横の連携をしなければサービスが止まってしまうという課題があるので、部署や立場を超えて皆で一緒に頑張ろうという意識が働くのです。
―具体的には豊能町でどういった試みをなさっているのですか。
江川
まずはアンケートで、住民の皆様にどんなことから解決してほしいですかと聞きました。結果、ヘルスケアが一番の課題として上がりました。また、山を切り開いて作った町なので坂が多く、そのための高齢者の移動の問題ですね。こうやって集めた生の情報が、スマートシティ実装のためのサービス起点になってきます。
森田
高齢者対策が最初に解決すべき問題として浮上してきたわけですね。
江川
はい、高齢者が多い町だと、どうしても最初に解決すべき課題は高齢者対策ばかりになってしまうのです。しかし、若者が住みやすい町にするためには子育て支援が重要になってきます。ヘルスケア、移動、子育て支援の3本柱はかなり力を入れてやっています。 そこに、地域通貨や、見守り、防災など様々な要素を入れて、取り組んでいます。
また、実行する母体については、公益性を重んじるために協議会形式にしようと、2021年8月に一般社団法人コンパクトスマートシティプラットホーム協議会を立ち上げました。 ここで解決すべきカテゴリーをプロットして、参加している企業同士で密に連携してサービス展開を試みているところです。
ISIDが取り組むスマートシティ
―森田さんはこれまで、また違う形でスマートシティの事業を長くやってこられていますね。
森田
2011年に「オープンイノベーション研究所(現オープンイノベーションラボ)」を立ち上げて、地域課題に着目した様々なDXの取り組みを進めてきました。10年間で400を超えるプロジェクトを行ってきたのですが、これまではどうしても実証段階で終わってしまうケースが多かったかなと思います。地域課題に着目し、ソリューションを提案して、こうやったら未来に繋がるよというところまでの道筋は提示できるのですが、なかなかそれが定着しないというジレンマがありました。
そんな中、3年ほど前からそのような地域DXの取り組みを受け止めるデータ基盤があるとよいのでは、と思い始めたのです。地域DXの取り組みを五月雨式に行うのではなく、統一的なコンセプトと、様々なサービスを受け止めるデータ基盤、そして町や村、人という受け皿があればDXの取り組みが持続していくのではないか、と考えました。
また、これからのスマートシティはインフラ情報を可視化するだけでなく、住民に必要な情報を届けるためのものにしたいと思い、OZ1さんと提携しました。具体的には、OZ1豊能町で進めている様々なスマートシティの取り組み推進や横展開のサポートをさせていただいています。
―両者の持つ知見とソリューションを掛け合わせることで、可能性が広がるということでしょうか。
森田
はい、OZ1が提供するX-ROAD型の「JP-LINK」と「FIWARE」をユースケースに応じて使い分け、連携できる都市OSソリューション「CIVILIOS(シビリオス)」の提供を開始し、全国の自治体向けに導入を進めています。これは、個人情報も扱うことが可能となる数少ない都市OSソリューションになります。
江川
実はスマートシティ事業を進める上で欠かせない重要なキーワードが「個人情報」なのです。住民向けにサービスするというのは、住民の個人情報を扱うということでもあります。そこで、安心して使っていただける環境を作るうえで我々の「JP-LINK」というモデルが必要になってきます。これは、エストニアを中心にして、今20カ国ぐらいで使われている技術です。ISIDさんが扱っているFIWAREは、元々は町の効率化という起点で始まっています。
データ連携基盤という言葉でくくってしまうと同じように見えるのですが、できることが全く違うということですね。個人情報を流すためのものと、町の効率化を上げていくもの、という形に大きく分かれています。 どちらかだけではダメなんです。
住民サービスの 基点である部分と、その住民サービスを助けていくもの、それを統合したのが「CIVILIOS」だと私は認識しています。
デジタル田園都市で幸せになる
―今回、2社が提携をしたことによって、どういう未来に向かっていくのかということを教えてください。
江川
まず「JP-LINK」では個人に対してのサービスをしっかり組み上げていきます。既に、豊能町で実績がありますので、そのままコピーして実装したいという自治体が今160を超えています。
森田
2つのデータ連携モジュールがあるので価格も2倍かかるのですかと聞かれるのですが、そうならないように、どうやったらコスト削減できるかをあの手この手で工夫しています。例えば、パブリッククラウドの機能をできるだけ活用しながら、小規模な自治体でも使っていただけるような都市OSにしようとしています。
また、都市OS基盤を広域にご利用いただけるような仕組みも構築していきたいと考えています。
江川
その最初のケースとして、豊能町はインフラ構築においては大成功だと思うのです。
自治体や住民にとって成功かどうかというのは、まだまだこれから皆さんが判断していくことでしょうけれど、他の自治体からは良い参考モデルだと言っていただけていますね。
―その地域でデジタル田園都市を成功させるには、牽引する地域リーダーの存在が重要なのでしょうか。
江川
やりたい、という誰かの声は必要です。我々の取り組みで意識しているのは、プロダクトアウト型ではいけないということです。この取り組みはマーケットイン型ですから、ニーズをちゃんと確認した上で進めていきたいのです。継続的に市民目線、自治体目線を入れていくことがすごく重要ですね。
森田
デジタルを活用した街の未来と言われても、住民や自治体はどうしてもイメージを持ちづらいので、丁寧にコミュニケーションすることが大切になってきます。ソリューションを提供してあとは自由に使ってください、というアプローチではなく、顔を突き合わせながら手触り感のあるプロジェクトを進めることが大事です。
江川
ISIDが構築したデータを可視化する「ダッシュボード」という仕組みは、 自治体の職員から、これをこれくらいやったらこういう風に町が変わったんだなと見えるところが特長です。デジタル化することの価値のひとつは、データとして可視化できるというところにもありますね。
―可視化すると見えてくるものがあり、そこに意識付けができるというのは、データのいいところだと感じます。
森田
データ連携基盤にはデータが溜まるのでそれらを分析できるようになるのですが、そもそも何のために分析するのかと言うと、人に何らかの行動変容を起こさせるためなのです。 そうすることで町が活性化していきます。
そのためにも、見える化は有効なアプローチになります。例えば、地域通貨やポイントプログラムもスマートフォンの画面を通じてわかりやすく見える化することで小さなやり甲斐を提供し、続けることによっていいことがあるといったことを表現することができます。最近は様々な健康アプリのUIが向上していますが、何歩歩くとコインが貯まるといったことをわかりやすく見える化するだけでモチベーションに繋がったりするものです。
こういった一つ一つのユーザー体験を通じて行動変容を起こしていくことになるのですが、それを個別に考えるのではなく、どうやったら町全体が行動変容を起こすことができるのか考えることが大事です。
―デジタル田園都市構想とは、デジタルを使って、 みんなで一緒に幸せになりましょうということなのですね。
江川
日本の少子高齢化が止まらないことはもう事実ですので、デジタルが補助していくという形が必ず必要になってくる。デジタルは主役ではなく、支える側なのです。
森田
最終的には便利になったその先まで考えていきたいですね。例えば、今、役所で証明書を発行するために会社を半日休んでいる場合、デジタル化でその時間をセーブできたら、遊びに行ってリフレッシュしたり、家族サービスしたり、将来のために勉強したりできるわけです。本来費やしたい活動にたくさん時間を使えるようにすることで、町も個人ももっともっと活性化していくと思います。
デジタル田園都市構想でスマートシティ化した町で、便利になったその先の世界観まで提示していくこと、多分それが私達のゴールです。